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古代ローマコイン/ギリシャコイン/古銭販売のH&Aコインズ

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「ロマーヌスの本棚」
古代ローマ・ギリシャ関連の当店おすすめ本を集めたバーチャル本棚です。


私、ロマーヌスが「貨幣でわかる世界史」の監修に参加しました。
ローマコインやギリシャコインなどの貨幣や歴史などをわかりやすく扱った本です。


※注意
上記は「Roman Coins and Their Values 供廚任后
ローマ帝政期のネルヴァ帝〜アレキサンデル・セヴェルス帝のコインを扱っています。



共和政のコインから帝政末期までのコインを扱っています。各皇帝のコインについて、それぞれの解説がされており、入門書として最適です。




2巻ある中の1巻目で、古代ギリシャコインのヨーロッパ側のものを扱っているカタログです。各都市や時代にどんなコインがあったかがわかるので、とても参考になります。


古代コインの種類


 ローマのコインは前290年頃に最初の銅貨が発行され、前3世紀末のポエニ戦争の頃に自前の銀貨デナリウスが発行されました。(デナリウス銀貨の重さは、当初は約4.5gあるコインでしたが、前2世紀頃には約3.9g、帝政期には約3.4gと変化していきます。)
主力な貨幣単位はアス(銅貨)、セステルティウス(共和政期は銀貨、帝政期は銅貨),デナリウス(銀貨)、アウレウス(金貨)などがあります。

これ以外にも共和政期にはアス以下の、セミス(1/2アス)トリエンス(1/3アス)、クヮダランス(1/4アス)などがあり、帝政前期には2アスに相当するデュポンディウス、後211年には2デナリウスに相当するアントニニアヌスが発行されました。

 アウグストゥスの貨幣改革(前23年〜)によるコインの交換比

 金貨(金100%)
 アウレウス(7.8g)=25デナリウス
 クィナリウス(3.89g)=1/2アウレウス

 銀貨(銀100%)
 デナリウス(3.90g)=4セステルティウス
 クィナリウス(1.95g)=1/2デナリウス

 銅貨(素材100%、Copper,Brass,Bronzeがあり、それぞれ銅、黄銅もしくは真鍮、
 青銅となる。)
 セステルティウス(27g)=1/4デナリウス
 デュポンディウス(13.65g)=2アス
 銅貨(素材100%、Copper,Brass,Bronzeがあり、それぞれ銅、黄銅もしくは真鍮、
 青銅となる。)
 アス(10.90g)=1/4セステルティウス
 クワダランス(3.24g)=1/4アス

※各コインの重さは標準的な重さであり、実際には時代によって変動がありました。特に銅貨は皇帝によっても重さにバラつきがあります。



基本的には上記の通貨制度が約230年程続き、カラカラ帝(後211年〜)以降は貨幣価値が不安定になっていきます。またカラカラ帝により2デナリウスに相当するアントニニアヌス銀貨が発行されました。
この時代以降は貨幣価値の下落により、だんだんセステルティウスやアスなどの小額貨幣が発行されなくなっていきます。


これ以降ディオクレティアヌス帝時代には
  1アウレウス(純金貨、5.4g)=12アルジェンテウス(純銀貨、3.4g)
*1アルジェンテウス=100デナリウス(銅貨)となります。

コンスタンティヌス帝時代には
1ソリデュス(純金貨)=4500アルジェンテウス(銀貨、劣化傾向)
*ソリデュスは当初4.5g。後に4.0gとなります。


それ以外のコインの種類
セミシス金貨(約2.2g)
トレミシス金貨(約1.5g)
シリカ銀貨(約2.5g)
AE1銅貨(約9g)・・AE1は場合によってフォリス銅貨と呼んでいます。
AE2銅貨(約5g)
AE3銅貨(約3g)
AE4銅貨(約1g)

※ただし上記の重さは標準のものなので実際には時代によって重さにバラつきがあります。
コンスタンティヌス帝以降は貨幣単位や価値について不明な点が多いです。貨幣価値も流動的に変化していったことや史料が少ないこともあり、あまり解明されていません。




ローマコインの一例

1)デナリウス銀貨


デナリウス 18mm 3.9g 前46年〜前45年 ヒスパニア発行
ユリウス・カエサル
表:ヴェヌス神(美の女神)とキューピッド
裏:ガリア人捕虜と戦勝品

※前45年ヒスパニアでのポンペイウス残党軍を相手とするムンダ会戦前後に発行されたデナリウス銀貨。コインに描かれる内容は表はユリウス一門を象徴するヴェヌス神、裏はガリアでの戦勝を記念するものになっています。



デナリウス 17mm 3.8g 前49年〜前48年 イタリア本国発行(いずれかの軍団基地) 
ユリウス・カエサル
表:CAESAR
蛇を踏みつける象
裏:最高神祇官として儀式に使用する陶製のひしゃく、水をまく道具、斧、帽子
状態:EF
※カエサルという家族名はフェニキア語で象(carsai)を意味していることから、このような象を描いたコインが作られました。諸説ではカエサルの先祖が戦争で象を殺したということから由来するとも言われています。
※紀元前49年はカエサルがルビコン河を渡り、ポンペイウスとの戦いを行なわれた年でした。翌年、カエサルはギリシャに遠征し、ポンペイウスとの一大決戦であるファルサロスの戦いが行なわれ、これに勝利します。これにより、事実上ローマの最高権力者の地位を確立しました。



デナリウス 20mm 3.1g 前30年〜前29年
オクタヴィアヌス(後のアウグストゥス帝)
表:オクタヴィアヌスの肖像
裏:IMP CAESAR
両翼のある稲妻の上に立つ境界石の形をしたオクタヴィアヌス

※帝政移行前に発行されたアウグストゥスのコイン。この頃のコインは共和政期の意匠を踏襲したデザインでした。



デナリウス 17mm 3.5g 後79〜後81年 ローマ発行
ティトゥス帝
表:T CAESAR IMP VESPASIANVS
ティトゥス帝の肖像
裏:COSVI
くびきに繋がれた2頭の雄牛


2)アントニニアヌス銀貨

アントニニアヌス 22mm 4.9g 後217年 ローマ発行
カラカラ帝
表:ANTONINVS PIVS AVG GERM
  カラカラ帝の肖像
裏:VENVS VICTRIX
盾を置きVictoria(勝利の女神)を手に乗せるVenus神(美の女神)
状態:EF-
※アントニニアヌス銀貨はカラカラ帝が後211年にはじめて発行したコインで2デナリウスに相当します。
 

3)セステルティウス貨

セステルティウス 33mm 27.8g
トラヤヌス帝
表;IMP CAES NERVA TRAIAN AVG GER DAC PM TRP COS
トラヤヌス帝の肖像
裏;SPQR OPTIMO PRINCIPI SC
戦勝記念物の横に立つVictoria神(勝利の女神)

ハイレリーフで堂々とした皇帝の肖像。



セステルティウス 31mm 24.1g 後166年 ローマ発行
マルクス・アウレリウス帝
表:M ANTONINVS AVG ARM PARTH MAX
マルクス・アウレリウス帝の肖像
裏:TR POT XX IMP IIII COS III SC
「VIC PAR」と刻まれた盾を持つVictoria神(勝利の女神)
※後166年はパルティア戦争が終結した年であり、ローマで凱旋式が挙行されています。このコインは裏面の女神が持つ盾に刻まれた文字でわかる通り、パルティアに対する勝利を記念したコインでした。
※ローマ帝国が最も栄えていたとされる五賢帝時代の最後の皇帝。ストア派哲学の第一人者でもあったことから哲人皇帝とも呼ばれています。この時代はローマ帝国が繁栄を謳歌しながらも対外的にはゲルマン諸族の侵入やパルティアとの戦争なども起こっています。皇帝の後継者には実子のコモドゥスを指名したことで養子に帝位を譲っていた時代が終わり、コモドゥス帝後は内乱期に入ります。


3)アス貨

アス 22mm9.8g
アウグストゥス帝
表;DIVVS AVGVSTVS PATER
光状冠をかぶるアウグストゥス帝
裏;SC(セナートゥス コンスルト=元老院決議により)

オフセンターだがアウグストゥス帝の横顔が凛々しい。
*注:光状冠は、radiate crowm の訳です。一般的な和訳がないため、私個人の和訳です。


アス 28mm 11.9g  後12年生誕〜後14年没 
マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ
表:M AGRIPPA L F COSIII
アグリッパの肖像
裏:SC
三叉の矛と小さいイルカを持つNeptune神(海の神)
※ アウグストゥスの右腕で娘婿でガイウスとルキウスの父。


4)ソリドゥス金貨

ソリドゥス金貨 20mm 4.3g 後393年〜後423年 コンスタンティノープル発行
ホノリウス帝
表:DN HONORIVS PF AVG
ホノリウス帝の肖像
裏:CONCORDIA AVGG
Victoria(勝利の女神)を手に乗せて座るコンスタンティノポリス(都市の象徴)
※テオドシウス帝の死後、ローマ帝国の東側を長男のアルカディウスが統治し、西側を次男のホノリウスが統治することになり、一般にこれをもってローマ帝国の分裂とされています。
西ローマ帝国はゲルマン人の来襲に絶えず悩まされていましたが、ゲルマン出身の司令官のスティリコの活躍でなんとか食い止めることができていました。しかし、ホノリウス帝の側近の陰謀などにより、帝自身によってスティリコを処刑としてしまったことで軍事力を弱体化させてしまいます。これにより結果として、410年の西ゴート族によるローマ略奪が引き起こされ、西ローマ帝国はますます混乱をきわめていくことになります。


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ビザンチン帝国のコイン


5世紀〜8世紀まで
金貨
ソリドゥス(約4.5g)=1ノミスマ(貨幣単位)=24シリカ銀貨
セミシス(約2.2g)=1/2ノミスマ=12シリカ銀貨
トレミシス(約1.5g)=1/3ノミスマ=8シリカ銀貨
銀貨
シリカ(約2.5g)=7.5フォリス銅貨
銅貨
フォリス=1/180ソリドゥス=40ヌンミ(貨幣単位)
半フォリス=20ヌンミ
デカヌミウム=10ヌンミ
ペンタヌミウム=5ヌンミ

8世紀〜12世紀
金貨
ソリドゥス
銀貨
ミラレシオン(ミリアレンス)=1/12ソリドゥス
銅貨
フォリス=1/288ソリドゥス

12世紀〜13世紀
金貨
ヒュペルペロン
アスプロン・トラキー(エレクトロン金貨)=1/3ヒュペルペロン
トレキー=1/48ヒュペルペロン
銅貨
テタルテロン


コイン一例
セミシス金貨

セミシス金貨 17×18mm 1.95g 後527年〜後552年 コンスタンティノープル発行
ユスティニアヌス大帝(ビザンチン帝国皇帝)
表:DN IVSTINIANVS PP AVI
ユスティニアヌス大帝の肖像
裏:VICTORIA AVG GG
CONOB(ミントマーク)
XP(ギリシャ文字ではchi-rhoにあたる)の文字が刻まれた盾を持ち座るVictoria神(勝利の女神)
状態:VF+

トレミシス金貨

トレミシス 16mm 1.4g 後527年〜後565年 コンスタンティノープル発行
ユスティニアヌス大帝
表:DN IVSTINIANVS PF AVG
ユスティニアヌス大帝の肖像
裏:VICTORIA AVGVSTORVM
CONOBのミントマーク
十字架とリースを持つVictoria神(勝利の女神)

フォリス銅貨

フォリス銅貨 23mm 9.8g 後491〜後518年 コンスタンティノープル発行
アナスタシウス1世帝
表:D N ANASTASIVS PP AVG
アナスタシウス帝の肖像
裏:M CON



半フォリス銅貨 28mm 10.2g 後527年〜後565年
ユスティニアヌス大帝
表:DN IVSTINISNVS PF AVG
十字架を持つ皇帝
裏:K ANNO
大きい文字のKは20ヌンムスを意味します。



バジリコン銀貨 20mm 1.8g 1295年〜1320年 コンスタンティノープル発行
Andronicus?&Michael ?(ビザンチン帝国 パレオロゴス朝)
表:左手に福音書を持ち、右手を挙げるキリスト
裏:AVTOKPATOPEC PWMAIWN(ローマ王の意)
軍旗の持ち立つアンドロニコス2世パレオロゴスと共同統治帝のミカエル9世パレオロゴス。

バジリコン銀貨はパレオロゴス朝2代目のアンドロニコス2世が作ったコインで、図柄や大きさなどヴェネチアのグロッソ銀貨にとてもよく似ています。このことから両国の良くも悪くも関係性が深いことを感じさせます。

※第4次十字軍によってコンスタンティノープルを奪われて、ラテン帝国が樹立して以降、ニケーア帝国として亡命政権としてビザンチン帝国は存続していました。その後、3代目となるヨハネス4世ラスカリスが皇帝の時、ミカエル・パレオロゴスが摂政、共同統治帝となり実権を掌握します。1261年にミカエル・パレオロゴスがコンスタンティノープルを奪回し、正統な皇帝であるヨハネス帝は廃位され、ミカエル8世パレオロゴスが帝位につきます。こうしてビザンチン帝国最後の王朝であるパレオロゴス朝が成立することになりました。


ヒュペルペロン金貨 25mm 3.9g 後1295年〜後1320年 コンスタンティノープル発行
Andronicus II & Michael IX.(パレオロゴス朝第2代ビザンチン帝国皇帝)
表:コンスタンティノープルの城壁および城門、中心に聖母マリア
裏:ANAPON IC X MXEAHA
キリストと跪く皇帝アンドロニコス2世とミカエル9世パレオロゴス

※ヒュペルペロン金貨(hyperpyron ヒュペルピュロンとも表記される)は1092年にコムネノス朝アレクシウス1世によって初めて発行された金貨で、それまでの劣化したノミスマ金貨の純度を85%にまで回復させました。金貨の形状はそれ以前のノミスマ金貨と同じく、貨幣の中央がくぼんでいる形でした。
この金貨は西欧ではベザント金貨とも呼ばれていました。

※第4次十字軍によってコンスタンティノープルを奪われて、ラテン帝国が樹立して以降、ニケーア帝国と呼ばれる亡命政権として、ビザンチン帝国は存続していました。その後、3代目となるヨハネス4世ラスカリスが皇帝の時、ミカエル・パレオロゴスが摂政、共同統治帝となり実権を掌握します。1261年にミカエル・パレオロゴスがコンスタンティノープルを奪回し、正統な皇帝であるヨハネス帝を廃位して、ミカエル8世パレオロゴスが帝位につきます。こうしてビザンチン帝国最後の王朝であるパレオロゴス朝が成立することになりました。
コインに描かれているコンスタンティノープルの城壁は、火砲が発達していなかった当時は、最強の防御力を誇った城壁でした。帝国末期のオスマントルコの大砲による攻撃以外に、これを脅かしたものはなく、5世紀にテオドシウス2世帝がこれを建造して以来、古代から中世を通して難攻不落で知られていました。



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中世のコイン

(順次説明とコイン紹介をしていきます。)

5世紀〜8世紀まで
イタリアを征服したオドアケル以後の西ゴート王国ではローマ帝国の貨幣経済が維持され、ローマ帝国時代のままシリカ銀貨、ソリドゥス金貨などのコインが発行されました。その後、西ゴート王国が西進した後も東ゴート王国によってそれは維持されました。
ローマ帝国後の初の覇権国家となったフランク王国メロヴィング朝時代にはトレミシス金貨、ソリドゥス金貨などが発行されていたものの、劣化傾向になり、やがてペニー銀貨にとって変わられます。ペニー銀貨はゲルマン語系の翻訳語で、デナリウスを意味していました。


8世紀〜12世紀まで
フランク王国カロリング朝小ピピンの時代には、それまでのペニー(デナリウス)を銀の純度、重さの面で改良し、それ以後標準的な貨幣となりました。 貨幣の名称は各国で違うものの大きさや重さ、銀の純度はほぼ同じで、イタリアではデナロ、フランスではドニエ、イギリスではペニーと呼ばれました。


12世紀〜15世紀まで
当時のヨーロッパの貨幣価値は12デナリウスを1ソリドゥスとしていました。 デナリウスは(デナロ【伊】、ドニエ【仏】、ペニー【英】) ソリドゥスは(ソルド【伊】、スー【仏】、シリング【英】)と呼びます。

さらに20ソリドゥスは1リブルム(リラ【伊】、リーブル【仏】、ポンド【英】)となりました。

【 コイン一例 】

◆中世の標準的なコインとなったペニー銀貨

ペニー銀貨 18mm 1.4g 1280年〜1289年 ロンドン発行
プランタジネット朝エドワード1世(1272年〜1307年)
表:EDWR ANGL DNS HYB
王冠をかぶる王
裏:CIVITAS
十字架と三つ葉飾り

※ペニー銀貨は中世ヨーロッパの基軸通貨として広く流通していたコインで、ペニーとはデナリウスを意味するゲルマン語訳でした。コインの名称はイギリスではペニー、フランスではドニエ、イタリアではデナロとよばれました。
エドワード1世はプランタジネット朝第5代イングランド王で、在位は1272年〜1307年でした。在位中はフランス、スコットランドと戦争を絶えず行ないました。今日では映画「ブレイブハート」に出てくるイングランド王としても有名です。エドワード1世のペニー銀貨は当時、国際的な人気が高く、広く流通したことで、現在でも残存数が多いペニー銀貨でもあります。


◆海洋商業国家として活躍したヴェネツィアのコイン

グロッソ銀貨 19mm 1.8g 1312年〜1328年 ヴェネチア発行
Giovanni Soranzo(ヴェネツィア共和国 元首(ドージェ)ジョバンニ・ソランツォ)
表:福音書を持つキリスト
裏:IO SVRANTIO DVX SM VENETI
杖を持ち立つ聖マルコと元首ジョバンニ・ソランツォ
※グロッソ銀貨(約2.18g)は1202年に第4次十字軍をまかなう目的で発行されたもの。それまでのデナロ銀貨(約1g)の約2倍の重さ、価値を持つものでした。ヴェネチア共和国にドゥカート金貨ができたのは1284年になってからですが、14世紀前半まではグロッソ銀貨が貨幣経済の主役となっていました。


ドゥカート金貨 21mm 3.3g 1382年〜1400年 ヴェネツィア発行
Antonio Venier (ヴェネツィア共和国元首 アントニオ・ヴェニエル)
表:ANTO VENERIO DVX S M VENETI
聖マルコと跪く元首アントニオ・ヴェニエル
裏:SIT T XPE DAT Q TV REGIS ISTE DVCAT
福音書を持つキリスト

※ドゥカート金貨は1284年にはじめて作られたヴェネツィア共和国の金貨で、重さは3.56g、24金で純金に近い0.997という純度を持っていました。
※このコインが発行される前の1381年にはヴェネィア共和国と雌雄を争ったジェノバ共和国との決戦であるキオッジアの戦いが行なわれ、ヴェネィアはこれに勝利しました。


◆神聖ローマ帝国のコイン

フリーゲル銀貨 31mm 5.5g 1540年 フランドル発行
フランドル 神聖ローマ皇帝カール5世
表:KAROLVS D G RO IMP Z HISP REX 1540
双頭の鷲
裏:DA MICHI VI RTV CO TR HOS T VOS
紋章の盾
※フランドル地方は1384年からブルゴーニュ公領でしたが、神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世がシャルル突進公の娘のマリーと結婚した後、シャルル公が戦死し、後継者がいなかったため、フランドルを含むネーデルラント17州をハプスブルク家が継承することになりました。
フランドル生まれのカール5世は1506にはブルゴーニュ公を継承し、1516年にはスペイン王となります。そして、1520年には選帝侯より神聖ローマ皇帝に選出され、オーストリア、ネーデルラント、ナポリ、シチリア、スペイン、スペイン領アメリカまでの「太陽の沈まぬ帝国」を手にすることになりました。



スクード金貨 25mm 3.3g 1516年〜1554年 ナポリ発行
ナポリ王国 神聖ローマ皇帝カール五世(ナポリ王としてはカルロ5世)
表:CAROLVS IMPERATOR
紋章の盾と双頭の鷲
裏:REX HISPANIA RVM FT VTRIVS SICILIE
王冠のある十字架 間にKのイニシャル

※ナポリ・シチリア王国は1504年〜1707年までスペイン王国の統治下にあり、スペイン王がナポリ・シチリア王を兼ねて、実際の統治は副王が行なっていました。
カール5世は1506年にはブルゴーニュ公を継承し、1516年にはスペイン王となります。この時点でナポリ・シチリア王としても即位(在位1516年〜1556年)しました。そして、1520年には選帝侯より神聖ローマ皇帝に選出され広大な領土を統治することとなりました。
※スクード金貨は「盾」に由来する語で、フランスのエキュ金貨と同等の貨幣でした。



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「古代ローマ」・・・その果てしないロマンを追い求めるためライフワークとして、古代ローマ・ギリシャコインの専門店「H&A Coins」を開店しました。

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